概要

 6月21日(現地時間20日)にNBAドラフト2019が行われ、ゴンザガ大学に所属する日本代表の八村塁ワシントン・ウィザーズから1巡目全体9位指名を受けた。

 1巡目での指名は日本人史上初の快挙。ドラフトで日本人選手が指名されるのは、1981年にゴールデンステート・ウォリアーズから8巡目171位で指名を受けた岡山恭崇氏以来38年ぶり2人目となる。

 八村は富山県出身の21歳で、ベナン人の父、日本人の母を持つ。奥田中学校から明成高校に進学し、2013年から3年連続でウインターカップを制覇。高校卒業後にアメリカへ渡った。

 ゴンザガ大では1年次こそ1試合平均4.6分と出番が限られたものの、同20.7分と出場時間を伸ばした2年次には同11.6得点4.7リバウンドをマーク。3年次はエースとして活躍し、同30.2分に同19.7得点6.5リバウンド1.5アシストを挙げた。NCAAの年間最優秀スモールフォワードに与えられる「ジュリアス・アービング賞」を受賞したほか、現地メディア『Sporting News』、USBWA(アメリカバスケットボールライター協会)、NABC(アメリカバスケットボールコーチ協会)の3部門でファーストチーム入り。バスケットボールの本場で飛躍を遂げ、4月16日(同15日)にNBAドラフトへのアーリーエントリーを表明していた。

 また、日本代表の「FIBAバスケットボールワールドカップ2019」出場にも大きく貢献。4試合の出場で平均21.5得点6リバウンド1.3アシスト1.8スティール1ブロックを叩きだした。

最大年俸は5億

ついに「NBA八村」が誕生した。20日(日本時間21日)、NBAドラフトがニューヨーク・ブルックリンのバークレイズ・センターで行われ、八村塁(21=ゴンザガ大)が1巡目9位でウィザーズから指名を受けた。名前を呼ばれた八村は、ウィザーズの帽子をかぶって壇上に上がり、アダム・シルバーコミッショナーと笑顔で握手を交わした。最大年俸は4.9億円。

八村塁 (日本の国旗の着いたピンを付けて登場) クレイジーです。現実じゃないような気もします。家族、日本にとっても大きな意味を持っている。感謝します。中学のコーチに感謝。中学の時に行きたいと決めた。高校のトレーナーやコーチにも感謝したい。(日本語で)日本人初NBAです。

前日は取材対応やイベントに引っ張りだこだった。日本から駆け付けた母麻紀子さんら家族と会食、ゴンザガ大のロイド・アシスタントコーチとも会った。指名上位候補者による会見では、歴史的瞬間を前に「信じられない。日本のバスケット界にとっても大きなこと」と話していた。

富山・奥田中時代にバスケットボールを始めた八村は、中2で初めて世代別代表に選ばれた。宮城・明成高では1年からレギュラーで、ウインターカップ3連覇を達成。中学時代の恩師に「NBA選手になれ」と言われ、高1冬の飛躍的な成長ではっきりとした目標となり、夢に向かって米ゴンザガ大へ進学した。

ゴンザガ大入学時は英語もできず、1試合平均わずか2・6得点に終わった。明成の恩師・佐藤久夫コーチから礼儀や上下関係を教わり、精神的にも成長したが、自分のプレーができずにいた。そんな時、同大のフュー監督から「もっと攻撃的になれ」と言われ、積極的にアピールするようになりレギュラーをつかんだ。昨年11月のマウイ招待では、全米スカウトが見守る中、優勝候補だったデューク大を破って優勝。ペリカンズから1位指名を受けたザイオン・ウィリアムソンらスター軍団相手に残り1分から2回ブロックした後にフリースローを決めMVPを獲得した。2年前ゴンザガ大が決勝まで進んだ年にはレギュラーでなかった八村。2年経ち、1試合30点以上を上げるエースに成長し、夢を実現させた。

ドラフトで日本人が指名されたのは、81年ウォリアーズから8巡目(全体171位)で指名された岡山恭崇以来2人目で、契約すれば初となる。またプレーすれば田臥勇太(38=栃木)、渡辺雄太(24=グリズリーズ)以来、日本人3人目となる。【ニューヨーク=桝田朗】

◆八村塁(はちむら・るい)1998年(平10)2月8日、富山市生まれ。ベナン人の父と日本人の母を持つ。富山・奥田中時代にバスケットボールを始め、宮城・明成高から米ゴンザガ大へ進学。4人きょうだいの長男で、2学年下の弟・阿蓮は東海大2年、妹・安美菜は明星学園(東京)3年で、ともにバスケットボール部所属。203センチ、104キロ、血液型A。